ブラケット記法の大雑把な読み方

Point

・ブラケットは右から読む
内積はブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す  


今回は、ブラケット記法を大雑把に読む方法を説明する。量子力学のブラケット記法の説明をするときは、必ずと言ってもいいほどベクトルや行列が一緒に登場する。正直、いきなりこのやり方で説明されると、見た目が複雑になってわかりづらいので今回の記事を書いてみた次第だ。


この記事を読めば、以下のようなブラケットの式が何を表しているかのイメージをつかめるようになるだろう。

  \langle a| a \rangle , \quad \langle \phi | \psi \rangle , \quad \langle b |\hat{A}| a\rangle


ブラとケット

まずは、ブラケット記法の用語を整理しておこう。

量子力学では、ブラベクトルとケットベクトルと呼ばれるものが登場する。ブラベクトルは  \langle a| のように左括弧で表し、ケットベクトルは  |a \rangle のように右括弧で表す。有名な話だが、これらの呼び方は英語の「括弧」を意味する"bracket"を分割したシャレである。この記事では、「ブラベクトル」と「ケットベクトル」を省略してそれぞれ「ブラ」「ケット」と呼ぶことにする。


ブラとケットには数学的な違いがあるのだが、ここでは、両方の記号とも粒子などの抽象的な状態を表していると思ってもらえればとりあえずよい。 ブラとケットの中には、なんの状態かを表すラベルが書かれる。 |a \rangle と書かれた場合、これは例えば、粒子 aの状態を表すといった感じになる。中に書かれる文字はあくまでもラベルなので、 |生きている猫  \rangle |死んでいる猫 \rangle などのように日本語を書いてしまってもいい。


ブラとケットは、  \langle b| a \rangle のようにくっつけて書くことができる。この書き方を状態 aと状態 b内積と呼ぶ。この意味についてこれから解説していく。



読み方のルール

それでは、ブラケット記法の読み方について見ていこう。まずは、以下のような状態 aと状態 b内積でイメージをつかもう。

  \langle b| a \rangle


ブラケット記法を読むためには2つのルールがある。まず1つ目のルールは「ブラケット記法は右から読む」というものだ。上に書いた  \langle b| a \rangle の場合だと、まず最初に右側にある状態 aに注目する。そして、この状態 aに対して状態 bがくっついているという風に捉えるのである。


次に、2つ目のルールとしては、内積とは、ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す」というものだ。 \langle b| a \rangle の場合、状態 aの中に状態 bがどれだけ含まれているかを表していることになる。別の言い方をするなら、状態 aと状態 bの一致度を表しているとイメージしてもよい。

状態 aの中に状態 bが一切含まれていないならば、 \langle b| a \rangle=0となる。ちなみに、このように内積がゼロになることを、状態 aと状態 bが「直交している」と呼ぶ。逆に、状態 aの中に状態 bが少しでも含まれていれば、 \langle b| a \rangle はゼロ以外の値となる(実際には複素数となる)。状態 aと状態 bがまったく同じときは、例えば  \langle a| a \rangle と書かれるが、この値を1とすることを「規格化する」と呼ぶ。


「ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているか」という言葉のイメージをもう少し説明しよう。量子力学では、線形結合といって複数の状態を足し合わせて1つの状態にすることがよくある。例えば、

  | \psi \rangle= c_1| \phi_1 \rangle+c_2| \phi_2 \rangle+c_3| \phi_3 \rangle


と書いた場合、状態 \psiには、状態 \phi_1、状態 \phi_2、状態 \phi_3の3つの状態が含まれている。ここで、 c_1, c_2, c_3はそれぞれの状態の係数であり、各状態がどれだけ含まれているかを表す量である(実際は複素数なので位相情報も含まれる)。


さて、それでは、状態 \psiと状態 \phi_1内積をとるとどうなるだろうか。ここで、 \phi_1 \phi_2 \phi_3は規格直交系であるとする。計算すると、

  
\begin{align}
\langle \phi_1 | \psi \rangle&= c_1\langle \phi_1 | \phi_1 \rangle+c_2\langle \phi_1 | \phi_2 \rangle+c_3\langle \phi_1 | \phi_3 \rangle\\
&=c_1
\end{align}


となり、状態 \phi_1の係数 c_1が出てくる。係数はその状態がどれだけ含まれているかを表す量である。以上から、状態 \psiと状態 \phi_1内積をとると、状態 \psiの中に状態 \phi_1がどれだけ含まれているかがわかるのである。ブラケットの内積のイメージはだいたいこんな感じである。



演算子を含んだ場合

それでは、もう少し複雑な演算子を含んだ場合を考える。ここでは、演算子 \hat{A}を含んだ以下のような書き方を考える。

  \langle b |\hat{A}| a\rangle


このように、演算子をブラとケットでサンドイッチしたような形はよく出てくる。このような場合も先ほど書いた2つのルールに従って読めば問題ない。つまり、まず右から読むと、まず状態 aがあり、これが始状態となる。次に、演算子 \hat{A}があるが、これは状態 aに対して演算子 \hat{A}が作用することを意味する。演算子が作用すると、状態 aは別の状態に変化する。この変化した状態に対して、 bが最後に内積を作る。つまりこの式の意味は、「状態 a演算子 \hat{A}によって別の状態に変化し、その変化した状態の中に状態 bがどれだけ含まれるか」を表すのである。


もう少し具体的な例で説明していこう。ここでは、遷移双極子モーメント  \langle n |\hat{\mu}| m\rangle を考えよう。これは、光によって状態 mから状態 nへどれだけ遷移しやすいかを表す量である。この値がゼロになるかならないかを計算することで、遷移するのか(許容)しないのか(禁制)を判定することがよく行われている。

この式の読み方も全く同じである。つまり、読む順番は  m \rightarrow \hat{\mu} \rightarrow n である。演算子 \hat{\mu}は「光を当てること」だと思ってもらえばよい。 つまりこの式は、「状態 mに光を当てると別の状態に変化し、その変化した状態の中に状態 nがどれだけ含まれるか」を表す。これはつまり、状態 mから状態 nへの光遷移のしやすさを表すと言ってよいだろう。



以上、ブラケットの大雑把な読み方を解説した。ブラケットがどれだけ複雑になっても上述の2つのルール

  • ブラケット記法は右から読む

  • 内積とは、ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す

を使えばとりあえず式の意味はイメージできるようにはなるだろう。