ニンジンがオレンジ色に見える理由《無限の井戸型ポテンシャル》


Point

ニンジンがオレンジ色に見える理由は、無限の井戸型ポテンシャル問題を解くことで説明できる。  


今回は、量子力学の授業で最初に学ぶ「無限の井戸型ポテンシャル問題」を扱う。この問題は量子力学の基本を身につける上でとても良い教材である。しかし、ただ抽象的な説明に終始するのはつまらない。そこで、ニンジンがオレンジ色に見える理由という日常に近い話題と絡めて、この問題の使い方を学んでいこう。
 この記事を読めば、捉えどころのないと言われる量子力学が意外と身近なところにも表れていることを知ることができるだろう。



物に色が付いて見える理由

まずは、そもそも物に色が付いて見える理由について見ていこう。「光の吸収と色の見え方の関係」についてすでに知っている読者は飛ばしてもらっても構わない。


物体に色が付いて見えるのは、物体から特定の色の光が放たれ、われわれの目に到達するからである。ここで、物体から光が放たれる方法には2つある。1つが、太陽や照明のように、物体それ自体が光を創り出し、放出する場合である。この現象も量子力学に関係するが、今回は深入りはしない。もう1つが、離れたところからやってきた光が物体の表面で散乱される場合である。今回取り扱う現象はこちらに該当する。


離れたところからやって来る光としては、太陽や蛍光灯などの白色光、つまりあらゆる色をまんべんなく含んだ光が一般的だろう。白色光が物体に当たると、白色光のまま散乱される場合と、もしくは、特定の色の光が物体に優先的に吸収され、残りの色の光が散乱される場合がある。

白色光のまま散乱された場合は全ての色が目に届くので、その物体は白色に見える。一方、特定の色の光が吸収された場合は、残った色が目に届くので、その物体は白色以外の色に見える。もちろん、吸収される色が異なれば、散乱される光の色も異なってくるので、物体の色も変わってくる。つまり、物体がどんな色に見えるかは、その物体がどんな色の光を吸収するかによる。


具体的にどの色を吸収すると、どの色に見えるのかは図1の色相環から調べることができる。物体にある色が見える場合、物体はその色と色相環で180度反対に位置する色の光を吸収している。したがって、ニンジンのようにオレンジ色に見える物体では、その反対色の青色系の光を吸収していることが予想される。

図1:色相環(Wikipedia)



分子構造と光

上で述べたように、ニンジンがオレンジ色に見える理由は、ニンジンが青色の光を吸収するからである。では、ニンジンの中に含まれる青色を吸収する物質とは何であろうか。答えを言ってしまうと、それは「β (ベータ)-カロテン」という化学物質である。食べ物の栄養成分として有名なので名前を聞いたことがあるかもしれない。

ということで、この記事の目的としては、β-カロテンが青色の光を吸収することを証明する」こととなる。


実は、化学物質がどんな色の光を吸収するかは、その化学構造に由来している。そこで、図2にβ-カロテンの分子構造を示す。

図2:β-カロテンの分子構造(Wikipedia)

β-カロテンは、炭素原子40個と水素原子56個で構成される割と大きな分子である。分子構造を見ると、単結合と二重結合が交互に並んだ鎖状の長い構造をもっていることが分かる。この特徴的な構造は「π(パイ)共役」や「π共役系」と呼ばれ、この構造をもった分子は他にも多く存在する。また、π共役を持った分子のことを「π共役分子」と呼ぶ。このπ共役が色の吸収に深くかかわっている。


π共役の中には、「π電子」と呼ばれる電子が存在する。π電子は、π結合と呼ばれる結合を形成するところから名前が来ているが、普通の電子とその正体自体は変わらないと思っていい。今回の記事で知っておくべき特徴として、π電子はπ共役上を自由に動き回ることができるということである。より正確には、π電子はπ共役上でぼんやりと雲のように遍在しているというのが量子力学的な見方だ。

1つの二重結合には2つのπ電子が存在するため、11個の二重結合をもつβ-カロテンのπ共役上には、22個のπ電子がぼんやりと存在することになる。


さて、β-カロテンが青色の光を吸収することとの関連について説明する。実は、青色の光を吸収する本当の正体は、β-カロテン中のπ電子である。青色の光がもつ光子エネルギーはだいたい3 eVくらいだが、β-カロテン中のπ電子はちょうどそのエネルギーの光を吸収しやすいのである(これを励起という)。

そのため、より定量的な議論をするためには、π電子が取りうるエネルギーについて調べればよい。エネルギーを求めるには、β-カロテンの分子構造をモデル化し、そのモデルをもとにシュレディンガー方程式を立てて、解く必要がある。そして、このモデル化において無限の井戸型ポテンシャルを使うことができるのである。



β-カロテンのモデル化

それでは、β-カロテンの分子構造のモデル化を行っていこう。先ほど述べたように、π電子はπ共役上を自由に動き回ることができる。逆に言えば、π共役より外側に出ることはできない。そこで、π電子が感じるポテンシャルを、π共役中ではゼロ、その外側では無限大と仮定しよう。また、β-カロテンのπ共役はほぼ直線的な構造をしているので、これをざっくりと長さ aの直線と仮定してしまおう。つまり、図3のようにモデル化する。

図3:β-カロテンを一次元井戸型ポテンシャルにモデル化

π電子たちは、 -a/2 \leq x \leq a/2では何の障壁もなく動き回れるが、その外側には高さ無限大の乗り越えられない壁があるというイメージである。これはまさに、(一次元の)無限の井戸型ポテンシャルそのものである。


あとは、このモデルをもとにシュレディンガー方程式を解けばよい。解法については今回は重要ではないので省略する。最終的に得られる、π電子のエネルギー Eは以下の式で表される。

  
\begin{align}
\large \quad E=\frac{h^2}{8ma^2}n^2 \quad \normalsize (n=1,2,3,\cdots)
\end{align}


ここで、 hプランク定数 mは電子の質量である。 n自然数であり、電子はとびとびのエネルギーを取ることがわかる。


パウリの排他原理によれば、同じエネルギーをもつ電子は2個までと決められている。したがって、エネルギーが低い順に占めていくと、β-カロテンがもつ22個のπ電子は、 n=11までの状態を占めることになる。ここで、 n=12以上の状態は空席となっているため、光を吸ってエネルギーを得た電子はこれらの状態を占めることになる。ここでは、エネルギー差の最も小さい n=11から n=12への励起を考えてみよう。ここまでの説明を模式図にすると図4のようになる。

図4: n=11から n=12への光吸収による励起


 n=11 n=12 の間のエネルギー差を  \Delta E とする。π電子は、この  \Delta E と同じ光子エネルギーを持った光を吸収する。それでは実際に  \Delta E を計算してみよう。β-カロテンのπ共役の長さ a は教科書に載っていた 1.8\times 10^{-9}\ \mathrm{m} を使用する。

  
\begin{align}
\large \Delta E\ &\large=\frac{h^2}{8ma^2}\cdot(12^2-11^2)\\
&\large=\normalsize \frac{(6.626 \times 10^{-34}\ [\mathrm{J\cdot s}])^2}{8 \times 9.109 \times 10^{-31} \ [\mathrm{kg}] \times (1.8 \times 10^{-9}\ [\mathrm{m}])^2}\cdot(12^2-11^2)\\
\\
&\large=4.28 \times 10^{-19}\ [\mathrm{J}]\\
\\
&\large=2.67\ [\mathrm{eV}]
\end{align}



こちらの記事( 【小技】nmとeVを一瞬で変換する方法《1240の法則》 - 直観的に理解する科学) で紹介したeVとnmを変換する1240の法則を使うと、このときの波長 \lambda

  
\begin{align}
\large \lambda=\frac{1240}{2.67\ [\mathrm{eV}]}=464\ [\mathrm{nm}]
\end{align}


と求まる。464 nmは青色の光である。したがって、確かに青色の光を吸収することが理論的に計算できた。ちなみに、実験値としては450 nm付近で最も高い吸収率をもつので、今回のモデルは実験値をよく説明できていると言えるだろう。複雑な分子の性質を、無限の井戸型ポテンシャルという量子力学で最初に倣う単純なモデルでうまく説明できてしまうとは驚きである。やはり基本的な事ほどおろそかにはできないと実感される。


以上、ニンジンがオレンジ色に見える理由として、ニンジンに含まれるβカロテン中のπ電子が青色の光を吸収することを量子力学的に説明してきた。ここでは紹介しなかったが、π共役の長さと吸収波長との間には関係があり、望みの色をもった分子を創るための分子設計にも活用されている。興味のある方は調べてみると、分子と色の関係についてさらに理解が深められるだろう。


すべての素数を使った美しい式《オイラー積》

Point

素因数分解を利用することで、全ての素数を使った式が作れる  


今回の記事では、私が好きな数式の1つである以下の式について解説する。

  
\begin{align}
\Large \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s} \ = \ \prod_{{p: \textbf{素数}}}\ \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}
\end{align}


この式は「オイラー積」と呼ばれている。左辺には全ての自然数が、右辺には全ての素数が含まれており、それらが等号で結びついている。この一見すると不思議な式をわかりやすく証明していく。



まずは観察する

はじめに、上の式の特徴をさらっと紹介する。まず左辺は、 \sum_{n=1}^\infty とあるが、これは1から∞までの全ての自然数を、右横の式に代入して足し上げることを意味する。具体的に書き下すと次のようになる。

  
\begin{align}
\large \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s}\ =\ \frac{1}{1^s}+\frac{1}{2^s}+\frac{1}{3^s}+\cdots 
\end{align}


次に右辺について見ていく。  \prod という記号は見慣れないかもしれないが、これは要は  \sum の掛け算バージョンである。つまり、右辺は  p に全ての素数を代入し、それらの積を計算することを意味する。具体的に書き下すと次のようになる。

  
\begin{align}
\large \prod_{{p: \textbf{素数}}}\ \frac{1}{1-\frac{1}{p^s}}\ =\  \frac{1}{1-\frac{1}{2^s}} \cdot \frac{1}{1-\frac{1}{3^s}} \cdot \frac{1}{1-\frac{1}{5^s}} \cdots    
\end{align}


両辺にある  s について説明していなかったが、これは1より大きい実数を表す。 s が1以下では両辺が無限大となってしまい、式に意味がなくなってしまう (無限大になる式ならどんな式でも等号で結べてしまうことになる)。



オイラー積を証明する

式の特徴が分かったところで、証明に移ろう。ここで、単純化のため  s=1 と置いて  s を消去してしまおう。前述のように  s=1 としてしまうと両辺が無限大となってしまい、証明が厳密ではなくなってしまうが、 s を残した場合でも証明の考え方自体は変わらないのでさほど問題はない。


今回は左辺から右辺への導出を行う。左辺を書き下すと

  
\begin{align}
\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n} = \frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{4}+\frac{1}{5}+\frac{1}{6}+\cdots
\end{align}


のように分母に全ての自然数が登場する。


ここで、証明したい式の右辺には素数が含まれていた。そこで、自然数から素数を作り出す方法が何かないか考えてみると素因数分解が思いつく。それでは、上の式の分母を素因数分解してみよう。

  
\begin{align}
\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n} = \frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{5}+\frac{1}{2\cdot3}+\cdots
\end{align}


当然、 +\cdots 以降も分母は素数の積で表される。つまり、分母には全ての素数の掛け算のあらゆる組み合わせが登場することになる。そこで、次のように式変形ができるだろう。

  
\begin{align}
\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n} &= \frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{5}+\frac{1}{2\cdot3}+\cdots\\
&=\left(1+\frac{1}{2}+\frac{1}{2^2}+\cdots\right) \left(1+\frac{1}{3}+\frac{1}{3^2}+\cdots\right) \left(1+\frac{1}{5}+\frac{1}{5^2}+\cdots\right) \cdots
\end{align}


2行目の式の後半は省略しているが、括弧の中の分母には素数が入っている。括弧を外して展開してみるとわかってもらえると思うが、このように式変形すれば、全ての素数の掛け算の組み合わせを網羅することができる。


さて、それぞれの括弧の中に注目すると、これらは等比数列となっている。初項が1で公比  r |r|<  1 のときの無限等比数列の和は  \frac{1}{1-r} と表されるので、これを使って式変形を進めると

  
\begin{align}
\sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n} &= \frac{1}{1}+\frac{1}{2}+\frac{1}{3}+\frac{1}{2^2}+\frac{1}{5}+\frac{1}{2\cdot3}+\cdots\\
&=\left(1+\frac{1}{2}+\frac{1}{2^2}+\cdots\right) \left(1+\frac{1}{3}+\frac{1}{3^2}+\cdots\right) \left(1+\frac{1}{5}+\frac{1}{5^2}+\cdots\right) \cdots\\
&=\frac{1}{1-\large{\frac{1}{2}}} \cdot \frac{1}{1-\large{\frac{1}{3}}} \cdot \frac{1}{1-\large{\frac{1}{5}}} \cdots\\
&=\prod_{{p: \textbf{素数}}}\ \frac{1}{1-\large{\frac{1}{p}}}
\end{align}


となる。最後の式は、まさに最初に見せた式に  s=1 を代入した形となっているのがわかるだろう。元の式のように  s が分母の肩に付いた場合でも、全く同じように素因数分解等比数列の公式を使えば証明することができるので、ここでは割愛する。


以上がオイラー積の証明である。カラクリがわかってから見返してもやっぱり不思議で美しい式である。この式を気に入ってもらえる人が一人でも増えたら嬉しく思う。

光を細くするだけで現れる不思議な輪っか《フラウンホーファー回折》

Point

・光の径を小さく丸く絞ると輪っか状のパターンが現れる
フラウンホーファー回折によって説明できる  


今回の記事では、光の面白い性質について解説する。図1のように、丸い穴の開いたスリットに光を通すという実験をしてみる。図1上のように、スリットの径が光の径よりも大きいときは、当然、光は遮られずそのまま通過して後ろのスクリーンに丸い断面が映る。一方で、図1下のように、スリットの径が光の径よりも小さいときは光は遮られ細くなるが、このとき後ろのスクリーンには同心円の輪っかが複数現れる。ただ光を細くするだけで不思議な輪っかが現れるのである。

図1:円形開口を通過後の光の断面パターン

この輪っかが現れる現象を今回は「フラウンホーファー回折」と呼ばれる枠組みを使って説明していこう。数式がたくさん出てくるが、なるべく分かりやすくなるよう努めていく。



定式化のための状況設定

それでは、図1の定式化を行っていこう。状況をシンプルに考えるため、まずは図2のように、2次元的に表した模式図で考えていく。

図2:円形開口を通過した光を2次元で表した模式図
光は左から平面波としてやって来ると仮定する。この光が開口径  2dのスリットを通過後、距離  L 離れたスクリーン上に到達する。スクリーン上での座標を  X とすると、いま求めたいのは、スクリーンに到達した光の強度分布  I(X) である。


それでは、スクリーン上の光の強度分布を求めていこう。以前の記事で紹介したように、スリット通過後の光の動きは素元波の重ね合わせを考えれば計算できるのであった。つまり、図3のように、スリット間で生じた多数の素元波が、スクリーン上の各点で足し合わされた結果がどうなるのかを調べればよい。

図3:スクリーン上での強度分布を求めるための考え方


それぞれの素元波はスクリーンに到達するまでに異なる経路を進む。そのため、それぞれの素元波の進む距離は異なる。この距離を図4に示すように  l と置こう。スリット上(発生源)の座標  x とスクリーン上(到達点)の座標  X が変われば、進んだ距離  l も変化することが分かる。

図4:座標  x から発生した素元波が座標  X に到達したときの軌跡


一般に、波は長く進めば進むほど強度が弱くなっていく。また、進んだ距離に応じて電場の位相も変わってくる。これらを踏まえると、1つの素元波のスクリーン上での電場を数式で表すと以下のように書ける。

  
\begin{align}
\frac{1}{l}\cdot E_0 e^{ikl}
\end{align}


ここで、 E_0 はスリット上(発生源)での電場の大きさを表す。この式の意味としては、電場の大きさは  \frac{1}{l} で減衰し、電場の位相は  e^{ikl} で変化するということである。電場の大きさが距離  l に反比例している理由は、電場の2乗に対応する光の強度が距離の2乗に反比例するという性質(いわゆる逆二乗則)をもつようにするためである。


距離  l は簡単に求められる。図4において三平行の定理を使えば、

  
\begin{align}
l=\sqrt{L^2+(X-x)^2}
\end{align}


が得られる。


以上で準備が整ったので、まずはスクリーン上での電場  E(X) を求める。先ほど述べたように、これを求めるには図3のように、スリット間で生じた多数の素元波をスクリーン上で足し合わせる必要がある。素元波の発生源はスリットの間で連続的に存在するので足し合わせは積分を考えればよい。つまり、スクリーン上での電場は

  
\begin{align}
E(X)&=\int^{+d}_{-d}\frac{1}{l}\cdot E_0 e^{ikl}dx\\
&=\int^{+d}_{-d}\frac{E_0 }{\sqrt{L^2+(X-x)^2}}\cdot e^{ik\sqrt{L^2+(X-x)^2}}dx
\end{align}


と書ける。今、入射波は平面波を考えており、各素元波の電場の大きさと位相はスリット間のどの点でも同じなので、初期分布などの複雑なことは特に考える必要はない。あとはこの式を2乗すれば、スクリーン上での光の強度が求まるというわけだ。



3次元で考える

ここまでは、2次元の場合で定式化を行ってきた。ここからは、実際の3次元の場合へ話を拡張していこう。図5に、半径  d の丸いスリットを通過した光が、距離  L 離れたスクリーン上に到達する様子を3次元で表した模式図を示す。スリット上の座標を (x,y)、スクリーン上の座標を (X,Y)としよう。

図5:円形開口を通過した光を3次元で表した模式図
3次元の場合でも、考え方は2次元の場合と同じで、 xy 平面上の円の中で生じた多数の素元波(図5では3本のみ描いた)が  XY 平面上の各点で重ね合わさったときの強度を求めればよい。


 それでは、3次元の場合のスクリーン上での電場  E(X,Y) を求めてみよう。素元波が進む距離  l y 座標が追加されたことで以下のように書けるのはすぐにわかるだろう。

  
\begin{align}
l=\sqrt{L^2+(X-x)^2+(Y-y)^2}
\end{align}


スリット上での積分についても  y 座標が追加されることになる。よってスクリーン上での電場は

  
\begin{align}
E(X,Y)&=\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty}\frac{1}{l}\cdot E_0(x,y) e^{ikl}dxdy\\
&=\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty}\frac{E_0(x,y) }{\sqrt{L^2+(X-x)^2+(Y-y)^2}}\cdot e^{ik\sqrt{L^2+(X-x)^2+(Y-y)^2}}dxdy
\end{align}


と表される。なお、円の形で積分をするため、積分範囲は  -\infty から  +\infty とし、電場の初期分布  E_0(x,y) を半径  d 以上でゼロとすることとした。 この式を2乗すれば、スクリーン上での光の強度が求まる。



式を解いていく

実は、上の電場の式はこのままではこれ以上式変形を進めていくことはできず、この式を使ってスクリーン上での強度を求めるには、コンピュータの力が必要となる。そこで、式を使える状況が限定されるが、近似を使って式変形を進められるようにしよう。


今、スリットからスクリーンまでの距離  L が、 x, y, X, Y に比べて十分大きい( L \gg x, y, X, Y)と仮定する。 すると、素元波が進む距離  l は次のように近似できる。

  
\begin{align}
l&=\sqrt{L^2+(X-x)^2+(Y-y)^2}\\
&=L\ \sqrt{1+\frac{(X-x)^2}{L^2}+\frac{(Y-y)^2}{L^2}}\\
&\simeq L\left\{1+\frac{(X-x)^2}{2L^2}+\frac{(Y-y)^2}{2L^2}\right\}\\
&=L+\frac{(X-x)^2}{2L}+\frac{(Y-y)^2}{2L}
\end{align}


ここで、 \sqrt{1+a}\simeq 1+\frac{a}{2}\ (a\ll 1) という近似の公式を用いた。さらに近似を押し進めて、この式の第2項と第3項も小さいと仮定すると、最終的には

  
\begin{align}
l\simeq L
\end{align}


と近似できる。


これらの近似を先ほどのスクリーン上での電場の式に適用してみよう。なお、電場の位相部分には1段階目の近似( l \simeq L+\frac{(X-x)^2}{2L}+\frac{(Y-y)^2}{2L})を、電場の減衰部分には2段階目の近似( l \simeq L)を使うことにする。位相の方が弱い近似にしている理由としては、波を重ね合わせる際には電場の大きさよりも位相の正確さの方が重要となるからである。したがって

  
\begin{align}
E(X,Y)&=\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty}\frac{1}{l}\cdot E_0(x,y) e^{ikl}dxdy\\
&=\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty}\frac{E_0(x,y)}{L}\cdot e^{ik\left(L+\frac{(X-x)^2}{2L}+\frac{(Y-y)^2}{2L}\right)}dxdy\\
&=\frac{1}{L}e^{ikL} e^{ik(\frac{X^2+Y^2}{2L})} \int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty} E_0(x,y) \cdot e^{ik\left(\frac{x^2+y^2}{2L}\right)}e^{-ik\left(\frac{xX+yY}{L}\right)}dxdy
\end{align}


と式変形できる。この式の積分部分を取り出した

  
\begin{align}
\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty} E_0(x,y) \cdot e^{ik\left(\frac{x^2+y^2}{2L}\right)}e^{-ik\left(\frac{xX+yY}{L}\right)}dxdy
\end{align}


フレネルの回折積分とよぶ。この式は光の回折を考える際に頻繁に登場する重要な式である。



さて、この式の e^{ik\left(\frac{x^2+y^2}{2L}\right)}は、 L \gg x, yでは指数関数の肩がゼロに近づくので、1に近似できる。つまり、フレネルの回折積分

  
\begin{align}
\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty} E_0(x,y) \cdot e^{-ik\left(\frac{xX+yY}{L}\right)}dxdy
\end{align}


のようにコンパクトになる。この式が、冒頭で述べたフラウンホーファー回折積分である。当然のことながら、フラウンホーファー回折の方がフレネル回折よりも使う近似が強いため、適用範囲は狭い。しかし、今回の記事で目的としている輪っか状の強度分布を得るためには、この式で十分である。



あとは、図5に示したようにスリット上での電場を

  
\begin{align}
E_0(x,y)&=E_0 (r \leq d)\\
E_0(x,y)&=0 (r > d)
\end{align}


のように、円形の均一な分布として、式を解いていけばよい。ただし、ここから先の計算は数学的な話になっていき、物理とは離れてしまうので、導出過程については全て付録に丸投げすることにする。
 ということで、結論を書いてしまうと、フラウンホーファー回折積分は、上の初期電場条件において

  
\begin{align}
\int^{+\infty}_{-\infty}\int^{+\infty}_{-\infty} E_0(x,y) \cdot e^{-ik\left(\frac{xX+yY}{L}\right)}dxdy\\
=2\pi d^2 E_0 \frac{L}{kdR} J_1\left(\frac{kdR}{L}\right)
\end{align}


と書き換えられる。ここで、 R はスクリーンの中心からの距離である。 J_1(x)はベッセル関数とよばれる特殊な関数である。 ここでは、ベッセル関数の詳しい中身は知っておかなくても問題はない。


これは電場の式なので、光の強度  I(R) を求めるにはこれを2乗すればよい。すなわち

  
\begin{align}
I(R)\propto 4\pi^2 d^4 E_0^2  \left\{ \frac{J_1\left(\frac{kdR}{L}\right)}{\frac{kdR}{L}}\right\}^2
\end{align}


である。以上、ここまで長かったが、この式が求めたかった式である。



強度分布を図示してみる

上の式をプロットしてみると図6のようになる。ベッセル関数は、関数のプログラムがたいてい用意されているので、それをそのまま使えばよい。横軸  \frac{kdR}{L} はスクリーン中心からの半径に相当するものである。

中心の大きなピークの両脇に、小さなピークが連なっているのが見えるだろう(矢印の部分)。この小さなピークたちが図1で描いた輪っかの正体である。

図6:スクリーン上での光の強度分布



【付録】フラウンホーファー回折の式変形

工事中


参考文献

竹内淳, 『高校数学でわかる光とレンズ』, ブルーバックス

【小技】nmとeVを一瞬で変換する方法《1240の法則》

Point

・1240を割ればnmとeVを一瞬で変換できる  


量子力学では、光子のエネルギーを表す際に「nm」や「eV」といった単位がよく用いられる。波としての性質が強い可視光付近では「nm」が使われやすく、逆に、粒子としての性質が強いX線付近では「eV」が使われやすい。
 とはいえ目的によっては、2つの単位を変換して使いたいといった場面がよくある。そこで、今回は「nm」と「eV」を一瞬で変換するテクニックを紹介する。


1240の法則

結論から言うと、「nm」と「eV」を変換するには、1240を割ればよい。つまり、nmの値で1240を割ればeVの値に変換され、逆に、eVの値で1240を割ればnmの値に変換される。
 数式で表すと

  
\begin{align}
E\ [\mathrm{eV}]&= \frac{1240}{\lambda\ [\mathrm{nm}]}\\
\\
\lambda\ [\mathrm{nm}]&= \frac{1240}{E\ [\mathrm{eV}]}
\end{align}


である。今回の記事で伝えたいことはこれだけである。


具体的に計算してみよう。例えば、紫色の400 nmの光子エネルギーは1240 ÷ 400 = 3.1 eVとなる。可視・紫外領域の光子エネルギーはだいたい数eVくらいになることは知っておくとよいだろう。
 このくらいのエネルギーは、化学反応に関わる電子を移動させるのに必要なエネルギーと一致するため、可視・紫外領域の光は化学反応を開始したり、促進するために利用されることがある。 また、化学反応を利用した製品である電池の起電力が1 Vくらいであることとも関係している。


逆に、例えば、300 eVの光の波長は1240 ÷ 300 = 4 nmと計算され、X線領域の光であることが分かる。X線は高い光子エネルギーをもつことがここからわかるが、これがX線は危険であると言われる理由となっている。



1240の法則の証明

このテクニックを使用する分には特に導出の証明を知っておく必要はないが、一応記しておこう。

まず、光子エネルギーの式を記す。

  
\begin{align}
E\ [\mathrm{J}]&= h\nu \\
&= \frac{hc}{\lambda\ [\mathrm{nm}]\times10^{-9}}
\end{align}


プランク定数と光速を代入して

  
\begin{align}
E\ [\mathrm{J}] \sim \frac{1.98645\times10^{-16}}{\lambda\ [\mathrm{nm}]}
\end{align}


ここから、エネルギーの単位[J]を[eV]に変換していく。 ここで、1 eVの定義は「1 Vで加速された1つの電子がもつエネルギー」なので

  
\begin{align}
1\ \mathrm{eV} &= e\ [\mathrm{C}] \times 1\ [\mathrm{V}]\\
&= 1.60218\times 10^{-19}\ [\mathrm{J}]
\end{align}


となる。これが[J]と[eV]の変換式である。これを使えば、

  
\begin{align}
E\ [\mathrm{eV}] &\sim \frac{1.98645\times10^{-16}}{1.60218\times 10^{-19} \times \lambda\ [\mathrm{nm}]}\\
\\
&\sim \frac{1240}{\lambda\ [\mathrm{nm}]}
\end{align}


が得られる。eVからnmに変換するための式は、 E \lambdaを入れ替えれば得られる。
 ここまで、1240と述べてきたが、正確には1240よりほんの少しだけ小さくなるようだ。ただ、よほどの精密さが必要なければそこまで問題にはならない。

ブラケット記法の大雑把な読み方

Point

・ブラケットは右から読む
内積はブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す  


今回は、ブラケット記法を大雑把に読む方法を説明する。量子力学のブラケット記法の説明をするときは、必ずと言ってもいいほどベクトルや行列が一緒に登場する。正直、いきなりこのやり方で説明されると、見た目が複雑になってわかりづらいので今回の記事を書いてみた次第だ。


この記事を読めば、以下のようなブラケットの式が何を表しているかのイメージをつかめるようになるだろう。

  \langle a| a \rangle , \quad \langle \phi | \psi \rangle , \quad \langle b |\hat{A}| a\rangle


ブラとケット

まずは、ブラケット記法の用語を整理しておこう。

量子力学では、ブラベクトルとケットベクトルと呼ばれるものが登場する。ブラベクトルは  \langle a| のように左括弧で表し、ケットベクトルは  |a \rangle のように右括弧で表す。有名な話だが、これらの呼び方は英語の「括弧」を意味する"bracket"を分割したシャレである。この記事では、「ブラベクトル」と「ケットベクトル」を省略してそれぞれ「ブラ」「ケット」と呼ぶことにする。


ブラとケットには数学的な違いがあるのだが、ここでは、両方の記号とも粒子などの抽象的な状態を表していると思ってもらえればとりあえずよい。 ブラとケットの中には、なんの状態かを表すラベルが書かれる。 |a \rangle と書かれた場合、これは例えば、粒子 aの状態を表すといった感じになる。中に書かれる文字はあくまでもラベルなので、 |生きている猫  \rangle |死んでいる猫 \rangle などのように日本語を書いてしまってもいい。


ブラとケットは、  \langle b| a \rangle のようにくっつけて書くことができる。この書き方を状態 aと状態 b内積と呼ぶ。この意味についてこれから解説していく。



読み方のルール

それでは、ブラケット記法の読み方について見ていこう。まずは、以下のような状態 aと状態 b内積でイメージをつかもう。

  \langle b| a \rangle


ブラケット記法を読むためには2つのルールがある。まず1つ目のルールは「ブラケット記法は右から読む」というものだ。上に書いた  \langle b| a \rangle の場合だと、まず最初に右側にある状態 aに注目する。そして、この状態 aに対して状態 bがくっついているという風に捉えるのである。


次に、2つ目のルールとしては、内積とは、ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す」というものだ。 \langle b| a \rangle の場合、状態 aの中に状態 bがどれだけ含まれているかを表していることになる。別の言い方をするなら、状態 aと状態 bの一致度を表しているとイメージしてもよい。

状態 aの中に状態 bが一切含まれていないならば、 \langle b| a \rangle=0となる。ちなみに、このように内積がゼロになることを、状態 aと状態 bが「直交している」と呼ぶ。逆に、状態 aの中に状態 bが少しでも含まれていれば、 \langle b| a \rangle はゼロ以外の値となる(実際には複素数となる)。状態 aと状態 bがまったく同じときは、例えば  \langle a| a \rangle と書かれるが、この値を1とすることを「規格化する」と呼ぶ。


「ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているか」という言葉のイメージをもう少し説明しよう。量子力学では、線形結合といって複数の状態を足し合わせて1つの状態にすることがよくある。例えば、

  | \psi \rangle= c_1| \phi_1 \rangle+c_2| \phi_2 \rangle+c_3| \phi_3 \rangle


と書いた場合、状態 \psiには、状態 \phi_1、状態 \phi_2、状態 \phi_3の3つの状態が含まれている。ここで、 c_1, c_2, c_3はそれぞれの状態の係数であり、各状態がどれだけ含まれているかを表す量である(実際は複素数なので位相情報も含まれる)。


さて、それでは、状態 \psiと状態 \phi_1内積をとるとどうなるだろうか。ここで、 \phi_1 \phi_2 \phi_3は規格直交系であるとする。計算すると、

  
\begin{align}
\langle \phi_1 | \psi \rangle&= c_1\langle \phi_1 | \phi_1 \rangle+c_2\langle \phi_1 | \phi_2 \rangle+c_3\langle \phi_1 | \phi_3 \rangle\\
&=c_1
\end{align}


となり、状態 \phi_1の係数 c_1が出てくる。係数はその状態がどれだけ含まれているかを表す量である。以上から、状態 \psiと状態 \phi_1内積をとると、状態 \psiの中に状態 \phi_1がどれだけ含まれているかがわかるのである。ブラケットの内積のイメージはだいたいこんな感じである。



演算子を含んだ場合

それでは、もう少し複雑な演算子を含んだ場合を考える。ここでは、演算子 \hat{A}を含んだ以下のような書き方を考える。

  \langle b |\hat{A}| a\rangle


このように、演算子をブラとケットでサンドイッチしたような形はよく出てくる。このような場合も先ほど書いた2つのルールに従って読めば問題ない。つまり、まず右から読むと、まず状態 aがあり、これが始状態となる。次に、演算子 \hat{A}があるが、これは状態 aに対して演算子 \hat{A}が作用することを意味する。演算子が作用すると、状態 aは別の状態に変化する。この変化した状態に対して、 bが最後に内積を作る。つまりこの式の意味は、「状態 a演算子 \hat{A}によって別の状態に変化し、その変化した状態の中に状態 bがどれだけ含まれるか」を表すのである。


もう少し具体的な例で説明していこう。ここでは、遷移双極子モーメント  \langle n |\hat{\mu}| m\rangle を考えよう。これは、光によって状態 mから状態 nへどれだけ遷移しやすいかを表す量である。この値がゼロになるかならないかを計算することで、遷移するのか(許容)しないのか(禁制)を判定することがよく行われている。

この式の読み方も全く同じである。つまり、読む順番は  m \rightarrow \hat{\mu} \rightarrow n である。演算子 \hat{\mu}は「光を当てること」だと思ってもらえばよい。 つまりこの式は、「状態 mに光を当てると別の状態に変化し、その変化した状態の中に状態 nがどれだけ含まれるか」を表す。これはつまり、状態 mから状態 nへの光遷移のしやすさを表すと言ってよいだろう。



以上、ブラケットの大雑把な読み方を解説した。ブラケットがどれだけ複雑になっても上述の2つのルール

  • ブラケット記法は右から読む

  • 内積とは、ブラの成分がケットの中にどれだけ含まれているかを表す

を使えばとりあえず式の意味はイメージできるようにはなるだろう。

直線偏光の偏光方向を回転させる《1/2波長板 》

Point

・1/2波長板を使うと偏光方向が回転する
・Fast軸またはSlow軸に対して対称に反転させた方向まで回転する  


今回は、直線偏光を回転させるために使用する1/2波長板について解説する。はじめに、位相を波長の2分の1ずらすと何が起こるかについて解説し、その後、1/2波長板を回転させる話へと展開していく。

なお、今回の記事は、前回の1/4波長板の記事と似通っている部分が多いため、そちらも見ておくと理解がより深まると思われる。 casual-science-pedia.hatenablog.com


位相を1/2波長ずらすと?

まずは、1/2波長板に光を通すと偏光がどんなふうに変化するのかについて見ていこう。準備として、図1のような縦方向に振動する直線偏光の電場を考える。

図1:直線偏光の電場。
緑の直線が光の進行方向、黒の曲線が直線偏光を表す。

電場はベクトルなので分解することができる。そこで、この直線偏光を45°傾いた、大きさが同じ2つの直線偏光に分解してみると図2のようになる。

図2:1つの直線偏光を2つの直線偏光に分解した模式図

この図の見方としては、

黒色の直線偏光 = 赤色の直線偏光 + 青色の直線偏光

となっている。


 前回の1/4波長板に関する記事では、赤色と青色の直線偏光の位相を  \lambda/4 (波長の4分の1)だけずらすと、円偏光になることを説明した。それでは、位相を  \lambda/2 (波長の2分の1)だけずらすとどうなるだろうか。図3に、赤色の直線偏光を  \lambda/2 だけ遅らせた後の電場を示す。

図3:赤色の直線偏光を  \lambda/2 だけ遅らせた結果
 \lambda/2 だけ位相をずらすというのは、電場にマイナス1を掛けるのと同じことなので、図3の赤色の直線偏光は、図2の場合に対して電場が反転している。このとき、赤と青を足し合わせた黒色の直線偏光を見ると、偏光方向が縦向きから横向きに変わっていることが分かる。すなわち、位相を  \lambda/2 だけずらすと偏光は直線偏光のまま変わらない一方、偏光方向は変化するのである。


なぜ偏光方向が変わるのかを図4を使って2次元的に説明する。位相をずらす前は、青色の直線偏光の電場が左上を向いているとき、赤色の電場は右上を向いていた。そのため、これらを足し合わせると図4左のように縦向きの直線偏光になる。一方で、位相が  \lambda/2 ずれると、青色の直線偏光の電場が左上を向いているとき、赤色の電場は逆に左下を向く。結果的に、足し合わせた直線偏光は図4右のように横向きとなる。すなわち、赤色の矢印と青色の矢印の足し合わされ方が変わることで、偏光方向が変化するのである。

図4:位相を  \lambda/2 ずらす前後での偏光方向の違い


1/2波長板

位相を  \lambda/2 ずらすには1/2波長板を用いる。そのため、1/2波長板は前回紹介した1/4波長板と同様に複屈折結晶でできている。1/4波長板と異なる部分としては、複屈折結晶の厚みを調整することで、電場に与える位相差が  \lambda/2 となっているところだけである。


 図5は、上述の図2~4と同様の状況を表しており、縦に振動していた偏光が1/2波長板を通ることで、横の振動に変化しているところを表す。このとき、1/2波長板のFast軸およびSlow軸の方向は、元々の偏光方向に対して45°傾けた配置にする必要がある。なぜなら、図2~4の青色の直線偏光がFast軸を、赤色の直線偏光がSlow軸を通るようにするためである。

図5:1/2波長板を通過した光の偏光方向の変化。
Fast軸とSlow軸は最初の偏光方向に対して45°傾いている。

偏光を回転させる

ここまで、1/2波長板のFast軸とSlow軸を、元々の偏光方向に対して45°傾けた状況だけを考えてきた。ここからは、そのほかの状況、つまり、1/2波長板を光線軸(図5の黄色矢印)に対して自由に回転させる場合を考える。


まずは、図6左のように、元々の偏光方向と1/2波長板のSlow軸のなす角  \theta が30°の場合を考える。前述の  \theta が45°のときは、赤色と青色の矢印は同じ長さに分解されたが、 \theta が45°以外の場合は、赤色と青色の長さは同じではなくなる。このような配置で、赤色と青色の直線偏光の位相を  \lambda/2 ずらすと、偏光方向は図6右のように回る。 \theta が45°では、真横方向まで回っていたが、 \theta が30°ではそこまでは回らなくなる

図6:1/2波長板の傾き \theta = 30^\circにおける偏光方向の変化


図7は、 \theta をさらに小さくして15°の場合である。この場合は、直線偏光がさらに回らなくなる。

図7:1/2波長板の傾き \theta = 15^\circにおける偏光方向の変化

 \theta を15°や30°以外の角度にすれば、直線偏光は様々な角度に回転させることができるだろう。以上から、1/2波長板を光線軸に対して回転させれば、直線偏光の偏光方向を好きな角度に回転させることができることが分かる。


具体的に、 \theta の値によって直線偏光がどれくらい回転するのかについて説明する。図8は、これまでの2次元の図を一般化させたものである。この図が示す通り、回転後の偏光方向は元の偏光方向から  2\theta だけ回転させた位置に来る。もしくは、別の言い方をすると、回転後の偏光方向はFast軸またはSlow軸に対して鏡うつしさせた位置に来る。とりあえずこれだけ覚えておけば、実験で1/2波長板を適切に扱えるようになるだろう。

図8:1/2波長板による直線偏光の回転角

【2023年ノーベル物理学賞】アト秒レーザーはX線!?《短パルス化の歴史》

Point

・2000年ごろにブレイクスルーがあり、アト秒レーザーが生まれた。
・パルス幅は1周期よりも小さくすることができない。
X線は1周期がアト秒レベルであるため、アト秒レーザーとして利用できる。  


とてつもなく短い時間だけ光るアト秒レーザーは実は、X線領域や極端紫外領域と呼ばれる波長が短い光によって構成されている。そして、このような短波長であるということが、アト秒という短い光を作るうえで重要な要素となっている。この記事では、レーザーパルスの短パルス化の歴史を見ながら、アト秒レーザーがなぜ短波長の光で作られているのかについて解説していく。


パルス幅の歴史

パルスレーザーが光っている間の時間のことをパルス幅という。ここでは、レーザーが発明されてから現代に至るまで、パルス幅がどれだけ短くなっていったのかの進化の歴史を見ていく。図1に、1960年から2020年までの当時達成することができた最短のパルス幅を示す。
 まず、レーザーは1960年に発明された。そのころに到達できた最短のパルス幅はだいたいナノ( 10^{-9})秒やピコ( 10^{-12})秒レベルであった。その後、詳細は割愛するが、Qスイッチ法やモード同期法などの様々な短パルス化技術が登場し、1980年頃までには10フェムト( 10^{-15})秒以下を実現している。図を見ると、1960年から1980頃までの間、パルス幅は安定して小さくなっていき、20年の間に約10000倍も短くなっている。

図1:パルス幅の歴史

しかし、1980年頃からは、最短パルス幅にほとんど更新が見られない冬の時代に突入する。実際、2000年ごろまでの20年間は、6フェムト秒程度で横ばいの期間が続いている。パルス幅が劇的には縮まらない状態が続いた一方で、この頃はフェムト秒レーザーが安定して得られるようになった時代であり、フェムト秒科学と呼ばれる超高速な現象を研究する分野が発展した。1999年には、フェムト秒分光学を創設した功績により、アハメド・ズウェイルがノーベル化学賞を受賞している。


パルス幅の限界値

20年もの間、最短パルス幅が数フェムト秒まま更新されなかったのにはちゃんとした理由がある。それは、フェムト秒パルスレーザーが主に可視光付近の波長(400~800 nm)を利用しているからである。例えば、フェムト秒レーザー光源として代表的なチタンサファイアレーザーはおよそ800 nmの波長をもつ。
 パルス幅と使用波長との間には重要な性質がある。それは、「パルス幅は使用している波長の1周期よりも短くすることができない」というものである。光の周期とは、電場が1回振動するのにかかる時間であり、波長を光速で割ることで求めることができる。上記の800 nmの場合、その周期は約2.7 fsとなる。したがって、800 nmのパルスレーザーをどれだけ改良してもパルス幅を2.7 fs以下にすることは難しいのである。


アト秒への到達

前述の通り、パルス幅は光の周期によって制限されている。したがって、さらに短いパルス幅を得るには周期を短くする必要がある。光の周期は波長を小さくするほど短くなるので、短いパルス幅を得たいなら波長を短くすればよい


図1をもう一度見直すと、2000年頃にパルス幅は一気に1フェムト秒の壁を破り、アト秒の領域に突入している。この頃、大きなブレークスルーがあり、高次高調波発生と呼ばれる現象を利用することで極端紫外領域やX線領域の波長の短いパルスレーザーが生み出せるようになったのである。例えば、波長が80 nmの場合、その周期は266アト秒であることからわかる通り、アト秒パルスを得るには数nm~数十nmの波長の光が必要となるのである。
 ちなみに、パルス幅を短くする試みはいまだ続けられており、現在の最短のパルス幅は2017年に記録された43アト秒となる。このときの中心波長は約12 nmで、最短の波長は7 nmにまで広がっている。


参考文献

・パルス幅の歴史
P. B. Corkum & Ferenc Krausz, "Attosecond science", Nature Physics 3, 381 (2007)
・43アト秒の論文
Thomas Gaumnitz et al., "Streaking of 43-attosecond soft-X-ray pulses generated by a passively CEP-stable mid-infrared driver", Optics Express 25, 22, 27506 (2017)