【2023年ノーベル物理学賞】アト秒レーザーで電子の姿を切り取る
・アト秒レーザーとは、アト秒という極めて短い時間だけ光るレーザーのこと ・電子はものすごく軽いため超高速で動いている ・アト秒レーザーは、高速に動く電子の一瞬の姿を切り取ることができる
2023年のノーベル物理学賞がアト秒レーザーに関する内容だったということで、今回は、アト秒レーザーとは何なのか、アト秒レーザーを用いるとどうして電子の動きを観測できるのかについて簡単にまとめる。
アト秒レーザーとは
アト秒レーザーとは、一言で言えば「アト秒という極めて短い時間の間だけ光るレーザー」のことである (図1)。アトという言葉は、ミリやナノなどと同じ接頭語と呼ばれるもので、10のマイナス18乗を表す。あえて書き下すと、1アト秒は0.000000000000000001秒であり、0が18個も並ぶ。1秒間に地球を7周半も回ることができる光であっても、これほど短い時間では、0.3ナノメートルと原子レベルの距離しか進むことができない。アト秒がどれほど短い時間であるかが体感できただろうか。
電子の速さ
次に、アト秒レーザーによる観測の対象となる電子の速さについて見ていく。ここでは、水素原子に注目する。水素原子は、1つの陽子とその周りを公転する1つの電子から成る (図2)。ここで、電子はどれくらいのスピードで公転しているかご存じだろうか。電子の質量は約 kgとものすごく軽いため、そのスピードはとてつもなく速い。具体的には、水素原子の場合、電子のスピードは2000 km/s以上にもなり、約152アト秒で陽子の周りを一周する (末尾の導出を参照)。つまり、電子の運動の時間スケールはアト秒レベルなのである。そしてここに、アト秒レーザーを使う利点がある。
電子の一瞬の姿を切り取る
さて、今年のノーベル物理学賞の記事によると、アト秒レーザーは「電子の動きを観測することを可能にした」とある。これを理解するカギとしてストロボ撮影が挙げられる。図3は、飛び跳ねるバスケットボールを40ミリ秒のストロボライトで撮影した画像である。ストロボ撮影とは、カメラを開けっ放しにした状態で、フラッシュをパッパッと一瞬だけ何度も光らせることによって、素早く運動する物体の姿を可視化する撮影手法である。
なぜこんなことが可能なのかというと、ボールの動きの時間スケールがミリ秒レベルだからである。つまり、ボールは40ミリ秒の間はほとんど移動しないため、40ミリ秒の光を当てればその一瞬の姿を切り取ることができるというわけだ。逆に言えば、40ミリ秒よりもずっと長く光る光を当てると、ボールの動きは平均化されてしまい、一瞬一瞬の姿を切り取ることはできなくなる。
それでは、これを電子とアト秒レーザーの場合に適用してみよう。前述の水素原子の例では、電子が1周するのにかかる時間が152アト秒であった。つまり、電子は152アト秒よりもずっと短い時間の間はほとんど動かないとみなせる。そのため、アト秒の時間だけ光るレーザーを電子に照射すれば、電子の一瞬の姿を切り取ることができるというわけだ。そして、ストロボ撮影のように、アト秒レーザーを何度も照射すれば、「電子の動きを観測することが可能」なのである。
ミクロの世界のリアルタイムの動きを知るには、これまでコンピュータのシミュレーションや頭の中の想像に頼るしかなかった。しかし、アト秒などのごく短い時間だけ光るレーザーを発明したことで、科学者たちは実験的にミクロの世界の動画を撮影することができるようになった。今まで見えないものが見えるようになったことは、たしかにノーベル賞を受賞するにふさわしい快挙と思われる。
【付録】電子が陽子の周りを1回転するのにかかる時間の導出
水素原子中の電子が、陽子の周りを1回転するのにかかる時間を古典力学的に導出する方法を示す。といってもそんなに難しくなく、単純に電子が感じるクーロン力と遠心力のつり合いの式を考えればよい。つまり
と表せる。 ここで、 : 電荷素量、 : 真空の誘電率、 : 水素原子の半径、 : 電子の質量、 : 電子の速度とした。少し専門的になってしまうが、水素原子の半径 はここでは1s軌道に対応する半径、つまりボーア半径とする。 上の式を電子の速度 の式で表すと
となる。 この式にそれぞれの定数の値を代入すると電子が回る速度は