【2023年ノーベル物理学賞】アト秒レーザーはX線!?《短パルス化の歴史》

Point

・2000年ごろにブレイクスルーがあり、アト秒レーザーが生まれた。
・パルス幅は1周期よりも小さくすることができない。
X線は1周期がアト秒レベルであるため、アト秒レーザーとして利用できる。  


とてつもなく短い時間だけ光るアト秒レーザーは実は、X線領域や極端紫外領域と呼ばれる波長が短い光によって構成されている。そして、このような短波長であるということが、アト秒という短い光を作るうえで重要な要素となっている。この記事では、レーザーパルスの短パルス化の歴史を見ながら、アト秒レーザーがなぜ短波長の光で作られているのかについて解説していく。


パルス幅の歴史

パルスレーザーが光っている間の時間のことをパルス幅という。ここでは、レーザーが発明されてから現代に至るまで、パルス幅がどれだけ短くなっていったのかの進化の歴史を見ていく。図1に、1960年から2020年までの当時達成することができた最短のパルス幅を示す。
 まず、レーザーは1960年に発明された。そのころに到達できた最短のパルス幅はだいたいナノ( 10^{-9})秒やピコ( 10^{-12})秒レベルであった。その後、詳細は割愛するが、Qスイッチ法やモード同期法などの様々な短パルス化技術が登場し、1980年頃までには10フェムト( 10^{-15})秒以下を実現している。図を見ると、1960年から1980頃までの間、パルス幅は安定して小さくなっていき、20年の間に約10000倍も短くなっている。

図1:パルス幅の歴史

しかし、1980年頃からは、最短パルス幅にほとんど更新が見られない冬の時代に突入する。実際、2000年ごろまでの20年間は、6フェムト秒程度で横ばいの期間が続いている。パルス幅が劇的には縮まらない状態が続いた一方で、この頃はフェムト秒レーザーが安定して得られるようになった時代であり、フェムト秒科学と呼ばれる超高速な現象を研究する分野が発展した。1999年には、フェムト秒分光学を創設した功績により、アハメド・ズウェイルがノーベル化学賞を受賞している。


パルス幅の限界値

20年もの間、最短パルス幅が数フェムト秒まま更新されなかったのにはちゃんとした理由がある。それは、フェムト秒パルスレーザーが主に可視光付近の波長(400~800 nm)を利用しているからである。例えば、フェムト秒レーザー光源として代表的なチタンサファイアレーザーはおよそ800 nmの波長をもつ。
 パルス幅と使用波長との間には重要な性質がある。それは、「パルス幅は使用している波長の1周期よりも短くすることができない」というものである。光の周期とは、電場が1回振動するのにかかる時間であり、波長を光速で割ることで求めることができる。上記の800 nmの場合、その周期は約2.7 fsとなる。したがって、800 nmのパルスレーザーをどれだけ改良してもパルス幅を2.7 fs以下にすることは難しいのである。


アト秒への到達

前述の通り、パルス幅は光の周期によって制限されている。したがって、さらに短いパルス幅を得るには周期を短くする必要がある。光の周期は波長を小さくするほど短くなるので、短いパルス幅を得たいなら波長を短くすればよい


図1をもう一度見直すと、2000年頃にパルス幅は一気に1フェムト秒の壁を破り、アト秒の領域に突入している。この頃、大きなブレークスルーがあり、高次高調波発生と呼ばれる現象を利用することで極端紫外領域やX線領域の波長の短いパルスレーザーが生み出せるようになったのである。例えば、波長が80 nmの場合、その周期は266アト秒であることからわかる通り、アト秒パルスを得るには数nm~数十nmの波長の光が必要となるのである。
 ちなみに、パルス幅を短くする試みはいまだ続けられており、現在の最短のパルス幅は2017年に記録された43アト秒となる。このときの中心波長は約12 nmで、最短の波長は7 nmにまで広がっている。


参考文献

・パルス幅の歴史
P. B. Corkum & Ferenc Krausz, "Attosecond science", Nature Physics 3, 381 (2007)
・43アト秒の論文
Thomas Gaumnitz et al., "Streaking of 43-attosecond soft-X-ray pulses generated by a passively CEP-stable mid-infrared driver", Optics Express 25, 22, 27506 (2017)