円偏光の作り方《1/4波長板 》

Point

・直交する2つの直線偏光の位相を1/4波長ずらすと円偏光になる
複屈折結晶を用いれば、任意の位相差を与えることができる
・直線偏光を円偏光に変換する光学素子を1/4波長板という  


円偏光を作る方法をネットで調べてみると、数式や専門用語を使った説明が多く見受けられる。そこで、この記事では、極力イラストを用いてより直観的な説明を試みる。

はじめに、直線偏光が円偏光に変換される際のメカニズムをそれぞれの偏光に注目して解説する。 次に、この変換を実際に行うために必要となる複屈折結晶と呼ばれる光学素子について見ていく。 最後に、円偏光を作るための様々な手法として、トゥルーゼロオーダー波長板、マルチオーダー波長板、ゼロオーダー波長板について解説する。


直線偏光から円偏光へ

円偏光は基本的に、直線偏光に特別な操作を加えることで得ることができる。この節では、直線偏光が円偏光に変換されるときのメカニズムを解説する。
 直線偏光とは、図1のように、電場が直線的に振動しながら伝わっていく光のことをいう。この図では、後の説明のために、電場を45度傾けて描いている。

図1:直線偏光の電場。
緑の直線が光の進行方向、黒の曲線が直線偏光を表す。

ところで、電場とはベクトルであるため分解することが可能である。そこで、図1の電場を大きさが等しい2つの直交する電場に分解してみよう。図2にその結果を示す。

図2:1つの直線偏光を2つの直線偏光に分解した模式図

見た目が複雑になってしまったが、要は

黒色の直線偏光 = 赤色の直線偏光 + 青色の直線偏光

となっているだけである。


進行方向から2次元的に見ると図3のようになっている。こちらの方が、電場を分解していることが分かりやすいかもしれない。ここまでで言いたいこととしては、直線偏光は複数の直線偏光から構成されたものとして捉えることができるということである。

図3:1つの直線偏光を2つの直線偏光に分解した模式図(2次元版)


それでは、ここから直線偏光を円偏光に変換してみる。先に結論から述べると、円偏光への変換は、赤色と青色の直線偏光の位相を、波長の1/4だけズラすことで達成できる。
 詳しく説明するとまず、図2では、赤色と青色の直線偏光は、山と山、谷と谷の位置が一致しており、位相が揃っている。この位相を波長の1/4( \lambda/4と表す)だけズラすことで、片方の電場の山ともう片方の電場の節もしくは、片方の電場の谷ともう片方の電場の節の位置を揃えるのである。そうすると、赤色と青色の直線偏光を足し合わせた結果は円偏光になる。


 図4に、赤色の直線偏光を青色の直線偏光に対して  \lambda/4 だけ遅らせたときの結果を示す。赤と青を足し合わせた黒色の曲線は確かにくるくると回転しており、円偏光となっていることが分かる。なぜこうなるのかというと、赤色と青色の位相がズレたことで、赤が小さくなれば青が大きくなり、逆に、赤が大きくなれば青が小さくなりというように互いを補い合うことで、常に一定の電場強度が回転しながら維持されるからである。

図4:円偏光の電場

 ちなみに、赤色の直線偏光を逆に  \lambda/4 だけ進めたときは、円偏光の回転方向は逆回転となる。キラル物質と呼ばれる特別な物質では、円偏光がどっち回りかによって光の吸収にしやすさが異なるという性質がある。これを円二色性といい、回転方向はマニアックな世界では結構重要だったりする。


位相を \frac{\lambda}{4}だけズラすには?

2つに分解した直線偏光の位相を  \lambda/4 だけズラせば、円偏光ができることを述べた。それではこの  \lambda/4 ズラすという操作を実際に行うにはどうすればよいだろうか。これには、「複屈折結晶」と呼ばれる特別な結晶を用いる。複屈折結晶とはその名の通り複数の屈折率を持つ結晶で、代表的な物としては方解石、水晶、液晶などが挙げられる。

 複屈折結晶の屈折率は、結晶に入射する光の偏光方向によって変わる。具体的には、図5のように、複屈折結晶にはfast軸slow軸と呼ばれる方向があり、偏光方向がfast軸と平行なときは屈折率が小さい一方、slow軸と平行なときは屈折率は大きくなる。ここで、光の速度は屈折率に反比例するため、fast軸と平行な光は速く進む一方、slow軸と平行な光は遅れることになる。これが、それぞれの軸がfast軸とslow軸と呼ばれる理由である。

図5:複屈折結晶のfast軸とslow軸

 既に気づいたかもしれないが、この方向によって光の速度が違うという性質こそ、位相を  \lambda/4 ズラすという操作を行うのに必要なものとなる。なぜなら、この結晶に図2で示したような光を通せば、速度の違いにより、赤色と青色の直線偏光の間に位相差をつけられることになるからである。結晶の厚みを調整すれば、どれだけ位相差がつくかが変わるので、位相差がぴったり  \lambda/4 となるような厚みを設計すればよい。このように、2つの直交した直線偏光に特定の位相差を与える光学素子を長板とよぶ。与える位相差が  \lambda/4 な波長板を特に1/4波長板という。読み方は、「しぶんのいちはちょうばん」と言うことが多い気がする。


様々な位相差の与え方

ここまで、ぴったり  \lambda/4 の位相差を与える波長板を使うことで、直線偏光を円偏光に変換できるということを解説した。 しかし、  \lambda/4 の位相差を与える方法は他にも複数存在し、それぞれに異なる種類の波長板が対応している。ここでは、トゥルーゼロオーダー波長板、マルチオーダー波長板、ゼロオーダー波長板の3種類を紹介する。


トゥルーゼロオーダー波長板
この波長板は前節で述べた説明と全く同じ原理を用いている。つまり、1枚の複屈折結晶に光を通すことで、fast軸およびslow軸に平行な成分にぴったり  \lambda/4 の位相差を与えるというシンプルな方法である(図6)。

図6:トゥルーゼロオーダー波長板による位相変化。赤色と青色の光の波長は同じで、偏光は直交しているとする。

 トゥルーゼロオーダー波長板の特徴として、結晶の厚みが薄いことが挙げられる。例えば、代表的な複屈折結晶である水晶(石英)を材料とした800 nm用の1/4波長板の厚みは22 μmである(末尾の付録を参照)。ここまで薄いと破損しやすくなるため取り扱いが難しいが、その分、波長依存性や温度依存性が低いなど性能は3種類の中で一番良い。


マルチオーダー波長板
円偏光を作るには、直交する2つの直線偏光にぴったり  \lambda/4 の位相差を与える必要があるように思われる。しかしよく考えてみると、ぴったり  \lambda/4 でなくても、  \lambda/4+m\lambda ( m はゼロ以外の整数)の位相差でも円偏光にできる。なぜなら波長の整数倍だけ位相をずらしても位相関係は何も変わらないからである。このように、  \lambda/4 に加えて波長の整数倍だけ余計に位相を与える波長板をマルチオーダー波長板という(図7)。余計に位相差を与えるということは、トゥルーゼロオーダー波長板よりも厚みを大きくすることができる。このため、取り扱いはしやすくなるが、厚みが増した分、波長依存性や温度依存性は悪くなってしまう。
 ちなみに、マルチオーダーと呼ばれる理由は  m\lambda だけ追加で位相を与えるからである。トゥルーゼロオーダー波長板 m=0 なのでゼロオーダーとよばれる。

図7:マルチオーダー波長板による位相変化。mはゼロ以外の整数とする。


ゼロオーダー波長板
上2つの波長板は、波長板の厚み自体がどれだけの位相差を与えるかに関わっていた。一方、ゼロオーダー波長板では、結晶の厚み自体ではなく、厚みの差 \lambda/4 の位相差を与えるという上2つとは異なる方式を採用している。

図8:ゼロオーダー波長板による位相変化

 はじめから解説していくと、まず、図8のように厚みがわずかに異なる2つの複屈折結晶を用意する。そして、1枚目の結晶のslow軸を青色の光の偏光方向と平行に設置することで、青色の光を遅らせる。次に、2枚目の結晶を1枚目とは90度傾けて、slow軸が赤色の光の偏光方向と平行になるように設置することで、今度は赤色の光を遅らせる。このとき、2枚目の結晶の厚みが1枚目の結晶よりもわずかに大きいと(石英, 800 nmの場合は22 μm)、最終的に赤色が  \lambda/4 だけ遅れることになる。つまり、それぞれの結晶によって与えられる位相差の大部分が相殺され、厚みの差に相当する位相差だけが最終的に残るのである。この相殺の効果は波長依存性や温度依存性にも良い効果をもたらすため、ゼロオーダー波長板はマルチオーダー波長板よりも高い性能をもつ。ただし、値段はそれに見合ったものとなる。ちなみに図8では、2つの複屈折結晶は距離を離して描いたが、実際はほとんどくっついた状態で一体となって売られている。


以下のソーラボ社では、ここで紹介したマルチオーダー波長板とゼロオーダー波長板が販売されている。実物の写真や、より詳細なスペックが得られるので参考にしてほしい。 www.thorlabs.co.jp



付録:トゥルーゼロオーダー波長板の厚みの導出法
水晶(石英)の800 nmにおける屈折率は、 n_\mathrm{fast}=1.5383 n_\mathrm{slow}=1.5472 である。ここで、 n_{\mathrm{fast}} n_{\mathrm{slow}} はそれぞれ偏光方向がfast軸およびslow軸に平行な光の屈折率とする。 屈折率が異なると結晶中での光の速度が変わるため、2つの光が結晶を抜け出るまでの時間に差が生じる。結晶通過後にこれらの光の間で  \frac{\lambda}{4}=200\ \mathrm{nm} の位相差をつけるには、この時間差の間に、先に結晶から抜けるfast軸に平行な光が真空中を200 nm先に進んでいればよい。結晶の厚みを  d とすると、結晶を抜け出る時間差は

  \displaystyle\frac{d}{\frac{c}{n_\mathrm{slow}}}-\frac{d}{\frac{c}{n_\mathrm{fast}}}

と表せる。この時間の間にfast軸に平行な光が真空中を200 nm進めばいいので

  \displaystyle c\times\left(\frac{d}{\frac{c}{n_\mathrm{slow}}}-\frac{d}{\frac{c}{n_\mathrm{fast}}}\right)=200\ \mathrm{nm}
という式が成り立つ。これを解くと、
  \displaystyle d=\frac{200\ \mathrm{nm}}{n_\mathrm{slow}-n_\mathrm{fast}}

である。ここに、石英の屈折率の値を代入すると結晶の厚みは22 μmと求まる。